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アンリ1世 (ブラバント公) : ミニ英和和英辞書
アンリ1世 (ブラバント公)[あんり1せい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [よ, せい]
 【名詞】 1. world 2. society 3. age 4. generation 
: [こう]
  1. (n,suf) prince 2. lord 3. duke 4. public 5. daimyo 6. companion 7. subordinate

アンリ1世 (ブラバント公) : ウィキペディア日本語版
アンリ1世 (ブラバント公)[あんり1せい]
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アンリ1世(Henri Ier, 1165年 - 1235年9月5日)は、ブラバント公(在位:1184年 - 1235年)。父はルーヴェン伯兼下ロレーヌ公ゴドフロワ8世(7世とも)、母はリンブルク公ハインリヒ2世の娘マルガレーテ。
1184年、神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世にブラバント公の称号を与えられ、ブラバント公国を創設した(父も共同統治)。1185年スヘルトーヘンボスを自治都市に指定、繁栄の基礎を築いた。1190年の父の死により下ロレーヌ公爵位も相続した(但し、実権の伴わない名誉職)。神聖ローマ帝国の内乱ではオットー4世を支持、娘マリアを娶わせたが、1214年ブーヴィーヌの戦いに参戦して敗北、フリードリヒ2世に降伏した。1234年に婿のホラント伯フロリス4世と共にブレーメンへ遠征した。
1235年、ケルンで死去。遺体はルーヴェン聖ペテロ教会へ埋葬された。
== 子女 ==
1179年ブローニュマテュー・ダルザスと女伯マリーの娘マティルドと結婚、6人の子が生まれた。
# マリー(1190年 - 1260年) - 神聖ローマ皇帝オットー4世と結婚、死別後ホラント伯ウィレム1世と再婚。
# アデライード(1190年 - 1265年) - ルース伯アルヌルフと結婚、次いでオーヴェルニュ伯ギヨーム10世と再婚。
# マルグリット(1192年 - 1231年) - ゲルデルン伯ゲルハルト3世と結婚。
# マティルド(1200年 - 1267年) - ライン宮中伯ハインリヒ6世と結婚、死別後ホラント伯フロリス4世と再婚。
# アンリ2世(1207年 - 1248年)
1213年フランスフィリップ2世アニェス・ド・メラニーの娘マリーと再婚、2人の子が生まれた。
# エリーザベト(? - 1272年) - クレーフェ伯ディートリヒと結婚、次いでヴァッセンベルク伯ゲルハルト2世と再婚。
# マリー




抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「アンリ1世 (ブラバント公)」の詳細全文を読む




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